2019.10.01

道東厚岸 ウィスキー旅

私は、父親が45歳の時の子供です。父は、末っ子で長男の私と酒を酌み交わす日が来るのを、首を長くして待っていたようでした。
彼は無類の日本酒好き。ところが、ようやく一緒に飲めるようになったある晩、父が勧める熱燗のお酒を私は、にべもなく断りました。自分が最初にはまったウィスキーのストレートが一番と信じ込み、「そんな水臭いものは飲めるか」と、意気がったものでした。今思えば、若気の至りで後悔するばかりですが、その折の父のがっかりした表情が、今も脳裏に浮かびます。これは、数々やらかした親不孝のひとつです。

さて、今回お迎えしたインドネシアのお客様は、無類のウィスキー好きとお聞きしました。これを受けて、エージェントの担当スタッフが、腕によりをかけてこしらえた「道東をめぐる旅」の目玉には、今北海道で熱い視線を集める厚岸ウィスキー蒸留所見学と、知る人ぞ知る釧路の名門ウィスキーバーSt. Andrewsでの、日本のウィスキー試飲会が据えられています。

私のつたない知識に照らすと、ウィスキーは長期間の熟成過程が必要で、若いものは風味が荒く、飲めたものではないと信じていました。
ところが、厚岸のウィスキーは2016年の蒸留開始後、熟成期間5~14か月で第1弾を市場に出す、というスピーディーさ。2019年9月現在で、それぞれ製法の異なる4種類のウィスキーを、「ニューボーンシリーズ」として世に問うています。

ところで、なぜ「厚岸」なのでしょうか?
北海道は、あの朝ドラ「マッサン」のニッカウィスキーの故郷で、冷涼な気候と適度な湿潤さ、清澄な水に恵まれ、またスコッチタイプのウィスキーに不可欠なピートが豊富な土地柄です。北海道なら、どこでもウィスキーの蒸留適地のように思えます。

この謎を解く鍵が「カキ」です。
厚岸町は道東の冷涼な湿原地域に位置し、地中のピートが豊富。加えて名だたるカキの名産地でもあります。生産量は広島県や宮城県には及ばないものの、その美味しさには定評があります。
さて、スコットランドにアイラ島という場所があり、ここで生産される「アイラモルト」というウィスキーは、ピートによる独特のスモーキーフレーバーがウリです。また、ここはカキやホタテの養殖も盛んです。
このような土地柄の共通性に着目したある商社が、厚岸町とタイアップして立ち上げたのが、「厚岸ウィスキー蒸留所」です。「地場産のカキとウィスキーのコラボレーション」が、このプロジェクトの眼目。厚岸以外では実現できませんでした。

ツアー5日目は、ウィスキー蒸留所見学。この段階で通年操業はしておらず、外から熟成中の樽を見るだけなので、インドネシアのお客様はちょっとがっかり。
でも、道の駅厚岸グルメパーク内の「コンキリエ」でのランチは、期待を裏切りませんでした。(ところで、コンキリエとはイタリア語で「貝殻」を意味し、特にこの形をしたパスタを指す、そうです。)
生ガキ、蒸しガキ、干しガキ、カキのオイル漬け、カキフライ、カキステーキなど、カキ料理のオンパレード。これに鹿肉ロースト、スモークサーモン、カプレーゼチーズなど地場の食材が加わった上、圧巻はショットグラスで提供される厚岸NB(ニューボーン)ウィスキー3番、4番。各20mlとはいえ、ランチの美味しさを引き立てるには十分。若いながらも一定の熟成期間を経たNBたちには、将来性の高さを窺わせる独特のフレーバーを感じた、とのことでした。NB3番、4番だけでは飽き足らず、NB1番、2番と生ガキ6個セットを追加注文するお客様も、続出。あっという間の1時間半でした。

その夜は、居酒屋で腹ごしらえの後、待望のウィスキーバーへ。アイラ島を含むスコットランドにも買い付けに出かけるというマスターは、多種類の日本のウィスキー銘柄を取り揃えて、お客様を迎えてくれました。
今回店側では、ニッカの余市や竹鶴、サントリーの山崎、白洲、響などに加え、中小の元気の良い蒸留所の製品、例えば富士御殿場蒸留所の「富士山麓」、秩父蒸留所の「イチローズモルト」、知多蒸留所の「知多」なども用意していました。
お国には地場産のものがないインドネシア。寛いだ雰囲気の中お客様は、日本の選りすぐったウィスキーをお供に、ツアー最終日の夜をゆっくりと楽しみました。

ここで、最近のウィスキーをめぐる裏話を一つ。
マスターによれば、バブル経済以降の消費の陰りに伴う原酒生産の抑制、その後の「マッサン」人気に伴うハイボールなどの需要の急拡大に伴って、近年原酒が不足しており、長い熟成期間を必要とする銘柄ウィスキーが、相次いで休売・終売に追い込まれているとのこと。このため、市場に出て来る銘柄にいわゆる何年物というのが少なくなり、すでに販売された長期熟成物にとんでもないプレミアムが付いて、クラス1杯数万円のものも。店側としては、お客様に気軽にウィスキーを楽しんでもらう環境が損なわれつつあり、悩んでいる、とのことでした。