今年はウポポイ(国立アイヌ博物館)の開館
や映画「アイヌモシリ」の公開などで、アイヌ民族がこれまでになく注目されています。外国からのお客様に北海道を案内するのが仕事の通訳ガイドとしては、アイヌの話はなくてはならないものです。
コロナ禍により時間ができた今こそ私達は、
北海道や日本のことをもっと学んで、面白くて役に立つガイディングをすることを目指しています。
その一環としてSEGでは2020年10月31日に、
阿寒でアイヌ工芸店「デボの店」を経営され、映画「アイヌモシリ」にも出演されている秋辺日出男さんを講師に迎えて、アイヌについての研修会をオンラインで開催しました。
秋辺さんは、立派なひげをたくわえた貫禄のあ
る方で、画面越しに最初にお目にかかったときは少し緊張しました。でも話し始めてみるとにこやかに、ユーモアを交えながらアイヌ民族について分かりやすくお話してくださいました。その中からいくつかのお話を紹介します。
アイヌは、この世にあるすべてのものに魂が宿ると考えていました。中でも人間の力の
及ばないもの、恵みを与えてくれるもの、生活に不可欠なものをカムイとよび、敬ってきました。山の神様、火の神様、水の神様、湖の神様。神様だらけ。八百万の神ね。日本の古い神道に似ています。
子供の頃の話ですが、ジュースを床にこぼすと畳がグニャグニャになるよね。普通の日
本人の親は、ほら汚すんじゃないと言って拭いてくれるんだろうけど、うちは違った。
「そこにジュースを飲みたい神様がいたからこぼしたんだよ。あなたはジュースを神様にわけてあげたんだ。良かったね」っていう。
神様も「一人で飲むなよ、俺にもよこせ」と思うんだって。だからこぼしたんだと。
「でも神様にばっかりあげるとお前の分がなくなるから、あんまりやるんじゃないよ」と言われる。そういうことを生活の中で言われて育ってくると独特のアイヌ観、ものの見方が生まれてくるんだよね。
私は10年前にクマを飼っていました。イオマンテをやろうとしたからです。
イオマンテとは、アイヌの最大の儀式で、霊送りとも呼ばれます。アイヌは、世界はアイヌモシリ(人間の世界)とカムイモシリ(神々の世界)に分かれていると考えていました。カムイは普段カムイモシリで人間と同じ姿をして暮らしていて、サケやシカなどの食料をアイヌモシリに降ろしたりしています。時には動物やモノなどに化身して人間の世界にやってきます。その動物の毛皮や肉は、よい人間のための贈り物。人間はカムイの霊と肉体を分ける、つまり殺すことで贈り物を受け取ります。そして感謝の言葉とともにイナウ(木幣)や酒、ごちそうなどを持たせて魂をカムイモシリに送り返します)
天の国に帰ると、そのカムイは天の国で他の神々を集めて宴会をします。そのときに
地上の国がいかに美しかったか、地上で私を育ててくれたお父さんやお母さんがどんなに優しかったか、という話をする。天の国に帰ったクマの魂が、「いや〜あの地上にもう一回行きたいべさ」という。それを聞いた他の神様が、俺も行く、私も行く、と言う。だからいかに楽しかったか、人間のお父さんお母さんが優しかったかということがないと、霊が帰ったときに、ふたたび地上に降りてこない。だからアイヌの人たちはこぐまをかわいがってかわいがって、泣いて送り出す。
私達がイオマンテをしようと飼ったクマは、チビという名前のかわいいクマでね、いつ
もついて歩いてた。本当は連れて歩っちゃいけないんだけど、犬みたいに首輪をつけて散歩していた。
近所の居酒屋に行ってカウンターで俺とこぐまが並んで、いっぱい飲んだりしてました。観光客に会うと
「いや〜この犬、クマそっくりですね〜」って言われるんです。
「よく言われるんですよ〜」
「爪も立派ですね〜」
「この犬は特別、爪も立派なんですよ」
本当に人懐っこいクマでした。私もかわいがったし、娘もかわいがった。近所の人もいつも遊びに来てた。
夜はチビをだっこして寝てたんだ。檻に入れて私が帰るとずっと泣いてるの。「オエ〜オエ〜」って近所中に聞こえるくらいの声で。30分くらいそうして泣いて、最後には疲れて「あ〜お」って一声鳴いて寝ちゃうの。
そういう毎日が半年続いた。だけど1歳過ぎたら、今まで3㎥だった檻のサイズを6㎥
にして、更に人間が近づけないような檻を周りに作らなければならない。もう個人レベルでは飼えない。だから1歳になったらイオマンテやろうということになった。
だけどみんなが反対した。イオマンテを以前に経験している先輩たちからも
「頼むからイオマンテしないで」
って頼まれた。
「かわいそうだ、つらいんだ」って。
中でも一番反対したのは私の妻。イオマンテしたら離婚するって言うんだ。それだけの理由じゃないかもしれないけれどね。
それで、イオマンテを諦めて、チビをクマ牧場に返しました。
イオマンテってのは簡単にはできない。文化伝承だから
やろうという問題じゃない。命をどう扱うのか、心から考える。それが一番大事。ヒグマとアイヌの関係は、文献調べればたくさん出てくるけれど、実際に殺したことがある人間とそうじゃない人間の違いは大きい。文化伝承という軽い言葉ではケリつけられないなあとその時本気で思いました。
その葛藤が、今公開されている映画「アイヌモシリ」の中でも反映されているといいま
す。イオマンテをやるかやらないか、映画の中ではどういう決着をつけたのか、見てみたいですね。
アイヌ民族は、決して過去のものではなくて、今もアイヌとして現代社会を生きていま
す。儀礼の時には民族衣装を着るけれど、普段はTシャツにジーパン、ユニクロも着る。そんな中でも生活の中にアイヌの考え方、ものの見方がおり混ざっている。
アイヌとして文化を引き継いでいくことと、現在を生きるという間でアイヌの方たちが
葛藤していることがうかがえました。本や資料を読んだだけでは分からない、今を生きるアイヌの方の思いを直接聞くことができた得難い経験でした。秋辺さん、ありがとうございました。