9月下旬、釧路に寄港した豪華クルーズ船・プライベートツアーのお客様の事前リクエストは、「阿寒国立公園に行きたい」のみ。それ以上の情報はなく、阿寒湖を中心としてご案内すれば良いか、と思っていた。さて当日、予定時刻を30分以上過ぎた頃、私が担当するお客様が来られた。イスラエルからの4名である。安堵したのも束の間、ここに行きたいと一枚の紙を渡される。それには「1.丹頂鶴、アイヌ、2.阿寒、鶴居、3.風蓮湖、摩周湖、4.厚岸~霧多布」他にも、阿寒国立公園、白鳥、厚岸湾・・・などと記されている。それを見た私は、軽いめまいを覚えた。北海道を訪問されるお客様にはありがちだが、距離感がない。まずお客様の根源的なニーズは何かを探り、訪問地を絞り込まなければならない。かつ、夕方に出港する船に間に合うよう、16時迄に戻ることが必須だ。加えて既に出発予定を40分近く遅れており、どこに行くにも相応の時間がかかるため、すぐに出発しなければならない。まずどこに向かうか。当初のリクエストは阿寒湖、この紙にも阿寒、アイヌと2,3回書かれているので、お客様とご相談の上、まずは阿寒湖に向かうこととした。車中、厚岸、霧多布は遠い上、今の時期は白鳥もいないことをご説明し、今回のツアーからは外すことをご了解いただく。さて次は摩周湖、もしくは丹頂鶴を含む釧路湿原のいずれを選択するか、である。その日は雨模様だったため、摩周湖は霧で見えないリスクも充分想定される。神秘的なブルーの摩周湖をお見せしたいのはやまやまだが、ここは釧路湿原ルートを推そうと基本方針を決めた。
そうこうしているうちに、阿寒湖に到着。まずはエコミュージアムにご案内し、マリモをご鑑賞いただく。付近の森を散策中に、ボッケの看板に興味を示されたのでご案内。次にアイヌの古式舞踊へご案内したところ、盛んに写真撮影。その後、付近のアイヌビレッジの様子を熱心にご覧になる。こうして、阿寒湖、マリモ、ボッケ、アイヌをご覧いただくことができ、お客様もちょっと落ち着いてきた。
さて次は摩周湖か、湿原(含む丹頂鶴)かである。お客様の行動を見ていると、一人の女性がプロ仕様と思われるようなカメラを持っており、その方が熱心に撮影されている。その方を攻めようと思い、丹頂鶴に強く興味をお持ちですよね、とお聞きすると、Yesとの答え。よっしゃ、と思い「摩周湖は今日、霧で見えないリスクがある一方、丹頂鶴であれば確実にご案内可能で、世界的に有名な湿原もご覧いただけます」、と畳みかけ、何とか湿原コースへのご了解をいただいた。この時点では、釧路市の丹頂鶴自然公園、その近くの湿原展望台、そして付近の道の駅での昼食を想定していた。まずは丹頂鶴自然公園にご案内したところ、カメラをお持ちのお客様が長時間、熱心に撮影される。ご満足いただけたようで良かった、と思っていると、次の瞬間、「丹頂鶴は非常に美しい。野生の鶴も是非見たい。」と興奮した様子でリクエスト。こう来たか! 予想外の展開にまごつく。その時点で13時30分過ぎだったのであと2時間ちょっとで港に戻らなければならない。しかも、昼食もこれからだし、お約束した湿原にもご案内しなければならない。さあ、どうしよう?
運転手さんと相談したところ、野生の丹頂は鶴居村に見かけるものの、午前中が中心で、この時刻では見込み薄ではないかとのこと。お客様からは、野生の丹頂を見られる確率はどのくらいか、との質問も来る。う~む。一瞬考え、このようなルートとした。まずは丹頂鶴がよく飛来する鶴居村のスポットを回る。次に湿原横断道路を通り、最後に細岡展望台をご案内する。すなわち、仮に野生の丹頂鶴が見られなくても、湿原の雄大な風景をご案内することでご勘弁いただこう、と考えたのである。
鶴居村の丹頂鶴飛来スポットには、・・・残念ながら鶴はいなかった。やはりだめか、と落胆していたところ、しばらくして運転手さんから「ちょっと遠いですが、あちらに丹頂のつがいがいますよ」との指摘。目を凝らすと遠くに白い鳥が見える。お客様が望遠レンズで確認すると、確かに丹頂鶴とのこと。良かった! お客様は存分に写真撮影を楽しまれた。更にしばらく行った牛舎付近、道路からごく近いところに丹頂鶴が数羽佇んでいるではないか! 満面の笑みをうかべるお客様、シャッター音がひっきりなしに響く。続いて湿原横断道路を走行中、雄大な釧路川、かわいらしい小鹿、キツネなどをご覧いただけた上、細岡展望台では、蛇行する釧路川と、その背後に広がる湿原風景をご堪能いただくことができた。釧路湿原よ、ありがとう。君の可能性に賭けて良かった!またよろしくと感謝しつつ、無事お客様をお見送り。ところで安堵した途端、急に空腹を覚えた。そうだ、昼食を忘れていた!まあ、それはいいか。